老老介護疲れに想う
今月初旬に「老老介護に疲れ・・・夫殺害80歳妻・・・」という記事を見ました。老老介護に疲れて、無理心中の事件がまた起きてしまったのです。またと思ってしまうのも、切ないです。
82歳の夫の介護をしていた80歳の妻が、殺虫剤を飲み、無理心中を図ったようです。夫は亡くなり、妻は、死に切れず、逮捕されたそうです。
本当に痛ましい事件です。報道はされなくても、他にもこのような老老介護の果てに事件は起きているのも事実なんですね。
老老介護といっても、もちろんそれぞれに事情が違うと思います。夫婦二人暮らしでも、他者との関係があって、日常的に話を聞いてくれたり、助けてもらえたら、心中まで思いつめなかったかもしれません。
老老介護に限らず、介護生活では、家族や地域、ホームヘルパーなどの介護のプロとの関係を築くことの重要性が強く求められています。
ある記事が目にとまりました。
「当初は、介護に苦しみましたが、やっと、介護する側でよかった、逆だったらどんなに辛いだろうと思うようになりました。『おしっこに行こうか』と尋ねて『いや』と言われれば、待つことにしています。汚れたら洗えばいい、と考えられるようになりました」
83歳の妻が84歳の認知症の夫の介護をされているのです。もう4年間の介護になりますが、子供や医師、ケアマネージャーの助けなしにはこういう状況にはなれなかったそうです。
老老介護が避けられないのが現実なら、家族や地域、そして行政が様々な智恵を出し合って、ケアするしかないのですね。
私は、85歳の父が、81歳の母を介護するという介護生活を真近に見ていたので、老老介護の現実を知っています。父は、1年半くらいで、自らが病を得てしまい、介護できなくなって母は、老人ホームに入りました。
その父は亡くなってしまい、母は老人ホームに今もいます。母は認知症なので、父が亡くなったことをわかっているのかどうなのかは、母以外知ることはできないのですが、日々穏やかにすごしているようなので、私はずいぶん助かっています。
老老介護でも、施設に入ることも選択肢に入れて考えられたら、心中を図るという悲しい選択をしなくても済むかもしれないと思ったりしています。一概に言えない難しさを感じつつの想いです。
