「忘れても輝いている時があるのです」
「忘れても、しあわせ」の作者、小菅もと子さんを知ったのは、ラジオ放送です。つい先日のこと、高校野球を聞きたくて、スイッチを入れたのですが、試合は昼ごろからというわけで、対談番組の再放送が聞こえてきました。確か、2件の対談があり、その内の一つが、小菅もと子さんでした。
痴呆のばあちゃんの介護体験者の話だったので、聞き入ってしまいました。ご主人が痴呆になってしまった母親に「なんと言われようと、オレはあんたを愛しているんだ。信じてくれ」と言われたという言葉が、心に残りました。
ばあちゃんが絵を書かれて、展覧会を開いたこと、そして、昨年の10月にお亡くなりになった?らしい・・・本の題名は「忘れても、しあわせ」
すぐ、インターネットで調べて購入しました。予想以上にすごい内容だと感動しました。痴呆の人の本当の姿が、生き生きと描かれていました。展覧会のメッセージに「何もかも忘れ、何もかも出来なくなる訳ではありません。忘れてても輝いている時期があるのです。幸せもあります。」とあります。
ご主人の「オフクロを否定するということは、オレを否定することになり、オレという存在がなくなってしまう」という、実の息子が痴呆の親と向き合うことの葛藤が切なく感じられました。ご主人と2人の子どもたちの協力なしには、作者の介護生活は続かなかったことでしょう。
痴呆と診断されたおばあちゃんの日記が、とても鮮烈でした。自分が、わからなくなっていることが、わかるということは、想像を絶する不安状態だと思います。
痴呆のおばあちゃんと向き合い、そのまま受け入れることは、生半可なことではありません。 それを成し遂げられた小菅家の家族の皆様に尊敬の念を抱きました。認知症の高齢者の介護者に勇気と希望を与えて下さいました。
認知症の母を老人ホームにお願いしている者として、複雑な思いがあることは、事実です。発症時から、娘と認識してくれないので、母が何を思っているのか、今も察することは、できません。名前を聞かれて、旧姓で答えていた時期が結構長かった気がします。今では、ちゃんと名前は答えてくれます。世間話として家族の話などは、応じてくれます。覚えていなくても、いいと思っています。わたしは、母を忘れませんから。一人一人違うんですね。
身につまされたのは、幼少時のつらい体験が、よみがえって苦しまれていたことです。他人を信じられないということ。瞬間、瞬間に過去、現在が現れて、それが点と点になり、線になってつながらないから、不安が増幅する・・・しかし、瞬間が楽しかったり、嬉しければ、それでよしとしようという生き方が、大切なのですね。肝に銘じます。
「忘れても、しあわせ」は、折り梅 という題で映画化されているそうです。
日本評論社 (1998/04)
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