在宅介護は、老老介護でした。
退院した母を介護するのは、父(85歳)なので、老老介護が始まりました。
老老介護と書きましたが、老夫婦2人だけの生活というわけではなく、義姉さんと甥が同居していたので、食事は作って下さっていたし、 朝夕は、それなりに、フオローはありました。ただ、実質的に言えば、父が全面的に母の介護を担っていたのです。
週3回老人保健施設のデイサービスを利用しました。デイサービスに出かける日の身支度と、出かけない日のリハビリのためにホームヘルパーを頼みました。だから、毎日、短時間ずつですが、ホームヘルパーがきてくださいました。
ケアマネージャーとの話し合いの時、「わたしが手伝うからホームヘルパーを頼まなくてもいいのじゃないか」と言ったのですが、「介護は、長期になることを覚悟しなければ、ならないので、家族は、無理をしない方がよい」とのアドバイスでした。 その適切なアドバイスで、母の退院後1ヶ月くらいしてから、私が手術入院した時も、ずいぶん助かりました。
介護用のベッド、車椅子は、レンタルを利用しました。車椅子でベッドまで移動するのに、玄関の上がり口に2枚のレール付きの板を作ってもらって使用しました。使わない時、片付けるのが簡単で重宝しました。
父は、やはり、たいへんでした。これだけ、サービスを利用しているので、傍目には、なんとかなりそうに見えたのですが、高齢だし、男なので、世話が苦手のようでした。退院当初は、まだ認知症が、ひどかったので、ちょっと目を離すと、物を散らかしたり、外に出たり、ガス台の前に行ったりしていました。歩けるといっても、腰が曲がっているし、危なっかしいものでしたから、いつ怪我をしてもおかしくない状況でした。
夜もあまりよく眠れなかったようでした。わたしは、週に2回くらい、様子を見にいって、母の相手をしたり、掃除や洗濯、かたずけなど手伝っていましたが、夜は手伝っていませんでした。父は、弱音を言わない我慢強い人だったので、夫婦のことは、出来る限り、二人でなんとかしたかったようです。夫婦のことは、二人でなんとかしたいというのが、老老介護の特徴のようです。
父は、1年3ヶ月の間、母の在宅介護に頑張ったのですが、結局、2000(平成12)年8月に、急に前立腺の病気で、入院してしまいました。
母は、わたしが一晩だけ介護し、翌日から、デイサービスに通っていた老人保健施設にしばらく、入所ということになりました。手続きは、義姉がしてくれました。
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