急に動けなくなった母
なんの前触れもなく突然に、母は、1999(平成11)年1月に、こたつに入ったまま、動けなくなりました。 この時、母は81歳で、父は、85歳でした。
風邪をひいたのだろうと思った父が、布団を敷いて寝かせました。食事は、座椅子に座らせて、食べさせれば、食べていました。
尿意を聞いても、いいと答えていたようです。
次の日に、わたしに連絡があり、すぐ実家に行ったのですが、びっくりしました。大量の失禁で、着衣は、もちろん敷布団から畳まで、ぬれていました。
すぐに、全部取り替えて、おねしょシーツと紙おむつなどを買ってきました。
当然、気づかなければ、ならないと思うのですが、寝たまま失禁しているとは、父には、思いが及ばなかったのです。
母が、動けないことに不安になり、わたしに助けを求めたのです。
かかりつけの近所の医師に往診をしてもらって、いましたが、風邪でしょうということでした。
しかし、かかとの内側が赤紫になって、床ずれのようになるし、ちっとも、体が動かないのが、気になり、父に総合病院での受診を勧めました。
約1週間後に、かかりつけの医師に紹介状をもらって、町の総合病院へ救急車を頼んで入院ということになりました。
父としては、母の状態を不安に感じながらも、かかりつけの医師に往診してもらっていることで、その医師が総合病院での受診をすすめないものだから、決めかねていたのです。
動けなくなった時に、総合病院で受診していたらと、このことを思い出すたびに母に申し訳なかったと、後悔があります。
この1週間は、ほとんど、食事以外は、私しか、介護できる人がいなくて、たいへんでした。
朝、早く、実家に行き、おむつ、着替え、洗濯などをして、昼ごろ、一旦、家に戻って、仕事と家事をします。
夕食の準備をしてから、夕方早めに、再び、実家へ行き、母の介護を夜までして、家に帰る毎日でした。
雪が降ったりする頃だったので、よけいにたいへんでした。
実家では、すでに、兄が亡く、義姉と甥が、同居していましたが、二人とも、勤めていたので、父は、なかなか、助けてとは、言えなかったようです。
わたしは、兄と2人兄妹でした。父は、わたしが、若い頃、老人ホームの寮母をしていたこともあるし、家も比較的近く、自宅で仕事をしていたので、頼りにしていました。
後から、考えると、母は、この頃、少しずつ変だなと思うことが、増えていました。買い物にでかけても、同じ物を毎日買うようになり、父が一緒に行くようにしていました。
身に着けるものに、かまわなくなり、ぼたんをかけないで、外出しようとしたり、父の古い長靴をはいて、外出したり、近所の整形外科への道に迷ったこともあったようです。
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